指にキス

「寒いね」
「さむいねー」
 俺は顔を上げて、声の方向を確認した。人間が2人。1人は子供で、1人は大人だ。見ない顔だ。近づいて様子を見る。落ち葉のせいで足音が少しした。人間がもっと小さかったら、とっくの昔に滅んでいるだろうな。こんなに近づいても気づきやしない。
「ゆうちゃん、木に芽があるの見える?」
 お、ヤベ。
「どこー?」
 チビの方が辺りを見回す。俺は隠れていたので見つからない。チビは上ばっかり見ていたから、どうせ見つけられなかったと思うが。
「抱っこしてあげるからおいで」
 チビが上を見たまま大人にフラフラ近づいて行く。危ねぇなぁ。あんなの俺を見つけるとか以前の問題じゃないか。人間の子供は危なっかしくてダメだ。しかも中々大人にならない。
「はい、ゆうちゃん抱っこ」
 大人がチビを抱っこした。そうだ、ずっとそのままの方がいい。猫も子供は大人が運ぶんだ。人間も猫を見習え。人間は車やら何から危ないものを作る癖に危機管理がダメだからいけない。
「まなみちゃん、木にお目めがあるの?」
「お目々じゃないよ。木の芽っていうのはね、葉っぱの赤ちゃんだよ」
「赤ちゃん?」
「うん、赤ちゃん」
「どこにいるの?」
「ほらこれ。これが、春に葉っぱになるんだよ」
 人間どもが木に夢中になっている間に、俺はどんどん近づいた。
「かたいよ。葉っぱなのに」
「冬を越えないといけないからね。寒さから守ってるんだよ」
 それにしても、全然気づかないな。警戒して損した。帰ろ。縄張りを荒らすかもしれないと思って尾行してきたが、無害すぎて妙に脱力だ。あーあ、落ち葉ばっかりで歩きにくいな……。
「あ、ネコ!」
 しまった! 
 よりによってチビの方に気づかれるなんて……。俺、もう立ち直れない。
「さっきのキジトラだね」
 何!? 気づかれてたのか!?
 何者だ? 本当に人間か?
「ついてきたの?」
「付いて来ちゃったねぇ。林の入口にいたのに。ゆうちゃんのこと好きなのかも」
 人間のチビなんか好きじゃねぇ!
 何勝手に言ってるんだ!
「なにか言ってるよ」
「ゆうちゃん好きだって」
 ちょっ! 違っ!
 お前分かっててやってるだろ!
「シャァって言ったダメなのにー」
「うーん、僕は嫌われちゃったみたい」
 分かってるなら、もう少しシンミョウになれ。まったく。
「まなみちゃん、おろしてー」
「はいはい」
 え、降ろすのか!?
 チビがチョコチョコ歩いている。落ち葉で歩きにくいのに、いいのかオイ!
 転けるぞ? 転けるぞ?
「ネコおいでー」

 ……冗談だろ?

 誰が行くか!
 人間の子供は乱暴で、滅茶苦茶にされてポイだもんな。無視無視。
「ネコこない」
 チビが大人を見上げた。
「初めましての猫だからね、仲良くならないと無理だよ」
 お、お前、意外とイイヤツだな。よく分かってる。
 って、チビ、こっち来るな!
 危なっかしいんだよ。ああそこ落ち葉が山になってる。危ないって避けろよ! 大人も何か言えよ。チビが転けて泣いても知らないんだからな!
 ……なんで何も言わないんだ。
 これだから人間は! 結局、猫の俺が助けてやらないとダメなんだ。
「ネコきた!」
「あ、ほんとだ。猫来たね」
 ほら、行ってやるから歩くんじゃない。
 まったく……。ただし、撫でるのは禁止だからな。分かってるな?
「にゃー」
 返事になってない!
 ……ん?
 鼻に指を近づけてくるんじゃない!
「はなでツンってしたー」
 喜ぶな。単なる猫の癖だ。お前が好きな訳じゃない。
 それよりチビ、ちょっと撫でるの上手いじゃないか。咽の下も頼む。
「本当、人懐っこい猫だね」
 違う! 違うぞ!
 お前らが、もうどうしようもなゴロゴロゴロ……。
「ゴロゴロいった!」
 違っ。
「かわいいね」
「可愛いね」
 俺が咽鳴らしたからって調子にのるな!
「猫が気持ちいいにゃーって」
 違う!
 もうダメだ。コイツら本当にダメだ。仕方ない、俺が林の出口まで付いて行ってやらないと……。


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08.09.28