カルピスと青色ロボット

 その日はキラキラと空が晴れていて、森の樹木の1枚1枚の葉っぱから、幸せオーラが出ているような日でした。

 右足を昔事故で悪くしてしまった深紅は、よいしょよいしょと森を進みます。極彩色の杖が、森の中でポツンと仲間外れにされているみたいに違和感を纏っていました。これなら何処かに置き忘れてしまっても、すぐに見付けられそうです。否、杖なんて滅多に置き忘れませんがね。
 やっぱり女の子1人で森まで遠出するのは危ないので、旦那さんの結梨が一緒にいます。結梨は一見女の子みたいな外見ですが、実は結構強いんだぞぉと本人は言っていました。そんな結梨は、深紅の荷物をリュックに入れて背負っています。少し重いです。

 さて、深紅は目的地に着きました。視界の果てまでずっと森。そんな所に、1軒のお家が建っています。ログハウスみたいな素敵なお家でした。近くの木には、手作りのブランコもあります。この森にある、2軒のお家の片方です。

 深紅は、よいしょよいしょと階段をのぼって、インターホンのボタンを押しました。ブー。見かけによらず、意外と現代的です。

 深紅と結梨はちゃんと連絡を入れていたので、すぐにドアが開きました。
「早かったね。ようこそ」
 そう言ってドアを開けた男性は、穏やかに微笑みました。

 この家の主で、ブランコの製作者であるこの男性の名前はシーナです。実は結梨の実の弟だそうです。瞳の色は青だし、髪は銀髪だし、ちょっとお揃いです。

 シーナがお客さまをリビングとダイニングとキッチンが合体したようなお部屋に案内しました。そこにはシーナの使い魔であるゼノンがいました。ゼノンは4才くらいの人間みたいですが、人間の耳の代わりに狐の耳が付いていて、オプションで尻尾も付いています。
 ゼノンは深紅と結梨にソファを勧めて、自分はお茶の準備をしに行こうとします。深紅に止められました。ゼノン君はハテナマークを口から3個出して深紅に渡しました。深紅は、そんな可愛いゼノンの頭を撫で撫でします。

 深紅は、結梨の背負っていたリュックからラッピングされた袋を取り出しました。袋は結構大きいです。お酒の瓶が2本くらい入っていそうです。
「お中元のお裾分け。カルピスなんだけど、フルーツ味もあるし」
 深紅はそう言ってシーナにそれを渡しました。興味津々で目からビームが出そうなゼノンには渡しませんでした。ちょっと重たいからです。

 いきなりのプレゼント攻撃に、反撃すべきか防御すべきか混乱したシーナでしたが、すぐに
「おちゅうげんってなに?」
 と聞き返します。思わず間抜けさんになってしまいました。しかし心配ありません。
「かるぴすって何!?」
 という、ゼノンの大きい声に掻き消されましたから。
「えっとね、カルピスっていうのは、甘いジュースの事だよ。濃い液をね、自分で薄めて飲むの」
 深紅の説明に「甘いジュース」という単語を見付けたゼノンは、目からキラキラ光線を出しました。キラキラキラ。その光線をもろに浴びてしまった深紅には、ゼノン君の「今すぐ飲みたい」という気持ちが光線に乗って伝わってくるのがよく判りました。使い魔として頑張って働いているゼノンですが、やっぱり子どもです。

「あぁ、お中元っていうのは私の故郷日本の習慣で、夏になったらお世話になった人にプレゼントを贈る習慣ね。私ももらったんだけど、ちょっと多くてね。まぁウチにも三つ子がいて押しつける相手は沢山いるんだけど、まぁ配っておこうと思って」

 シーナの間抜けな声は、しっかり届いていたみたいですね。シーナは「ふぅん」とそっけなく言いました。

 ゼノンとシーナと深紅と結梨はキッチンスペースに移動します。シーナがグラスを4つ出しました。背の高い、氷で作ったみたいに涼しげなグラスです。

 深紅は
「つくりかたのおてほんー!」
 と言って、グラスを1つ手に取りました。ゼノンのキラキラ光線にはもう慣れました。実は彼女の故郷ではとても有名な未来のロボットが道具を取り出す時のマネをしたつもりなのですが、ここは異世界なので誰も気付きませんでした。ちょっとガックリきたのは秘密です。
「コップにカルピスを適量入れまーす」
 適量と言うより、適当にコップに入れました。「これくらい?」と呟いたのが聞こえて、周りで見ていたゼノン以外の皆が不安になりました。
「氷を入れまーす」
 深紅は「はい」とシーナにグラスを渡しました。彼女は氷が何処にあるのか知りませんから。シーナは3つ氷を入れると、深紅に「ほら」と言って返しました。
「水を入れます。水プリーズ」
 またシーナが扱き使われました。家主であり、おもてなしをする側の人間は苦労をするのですね。

 その後もゼノンがカルピスをちょっとこぼして落ち込んだり、グラスを深紅が倒してしまったけど、まだ何も入っていないグラスで一同安心したり、適当が祟ったのか思いの外原液を沢山入れてしまった深紅が「濃い」と言い、水で薄めるのかと思いきやグイっといきなり飲んで、「水を遠慮無く入れれるように……やらない?」と驚いている皆にやっぱり驚いた顔で説明したり、色々ありました。しかし主に深紅とゼノンの努力と、シーナの影の働きと、結梨の不安のお陰で何とか4つのグラスがオレンジの飲み物で満たされました。

「かんぱーい」

 ゼノンがそわそわしていたので、深紅が乾杯を言いました。ゼノンは3口飲んで、「ふはぁ」と満足した声を出します。
「美味しいね、パパ。パパ甘いの好きだから、美味しいね!」
 ゼノンが心なし早口で言いました。「パパ」と呼ばれたシーナは
「そうだね」
 と言いました。そして「パパ」の呼び名に似合う優しさでゼノンの頭を撫でました。こうしていると優しい人みたいです。深紅はシーナが昔した人様には言えないような悪い事の数々を知っていますが、この子にだけは言わないでおうと再度誓いました。「それにしてもいいなぁ。幸せそうな親子だなぁ」と思ったのはガックリきたのと同じように、秘密です。

 お外が暗くならない内に、お客さまは帰る事にしました。夜の森は不気味ですからね。

 キラキラ太陽の光が、少し弱まっていました。葉っぱも幸せオーラを押さえています。深紅はそれでも目立つ杖を突きながら歩きました。そして急に立ち止まります。隣にいた結梨も立ち止まって、
「どうしたの?」
 と訊きました。
「否、何も」
 そう深紅は言いました。そして杖で結梨を1回軽く叩くと、結梨の文句を聞かずに歩き始めます。
「こっちには、お中元も、カルピスも、未来から来た青色ロボットも無いんだねぇ」
 そう彼女は、こっそり呟きました。風と秘密のお喋りをしていた木々が、その言葉を聞いてざわめきました。

 故郷を捨てたのに。捨てたのに。捨てたくせにホームシックなんて!

 深紅にはそう言っているように聞こえました。彼女が故郷に未練を持っているのを知っている結梨は、慰めの言葉と激励の言葉、誤魔化しの言葉を色々思い付きました。しかしそれらを脳内で推敲しているとどれも使い物にならなくなって、
「でも、俺はお前が好きだからこっちの世界にいて」
 何というか、そう言えばプロポーズの使い回しみたいな事を言っていました。
「しょーが無いなぁ」
 彼女が笑います。久しぶりに聞く、彼女のお国言葉の発音でした。


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06.08.04