窓のガラスは、夜の森と明るい室内を隔てる結界。
暖かい空気を侵されない様、1人で踏ん張っている。
さて、存外早く帰ってきた男クロスだが、帰ってくるなり家主をコート掛けに使用する等という狼藉を働き、今はその可哀想な家主気に入りのソファを気持ちよく占拠している状態だ。
家主はその呑気な姿にすっかり機嫌を悪くし、恨みがましい顔でキッチンに向かい、裸に剥かれた生物をこれでもかと斬殺している。言い換えると、タマネギを涙目で微塵切りにしている。
悩む。
青年男子1人分とは贅沢言わない、出来るだけ嵩ましして、青年男子にはパンでも食べさせようか。それともソースを増やそうか。冷蔵庫を開けると、サラダにされる運命の野菜達が見えた。チョコレートが少し、ボイルトマトの缶詰、冷温保存中の薬品数点。……食べられるのはそれらだけ。バスケットに視線を移す。頼りのパンが見あたらない。そうだ、堅くなったのでリスにやったのだ。どうせ処理するならこの男に食べさせればよかったと後悔する。
例えばパスタと、ありったけの野菜で作ったサラダを出すとしよう。成年男子の腹は満たされるだろうが、サラダがメインの食卓になってしまいそうだ。
ちらりと、リビングの成年男子を見る。それでもいいかな、と一瞬思う。
もういい、ソースを増やそう。
そう決意してのタマネギ殺傷事件である。ある程度の量を微塵切りにしてから、スライスのタマネギ死体も作り始める家主の目は、タマネギの怨念か涙が溜まっている。
命を頂くのは、簡単な事ではないという教訓だ。恐らく。
家主が色々と考えた末に出来上がった2人分の食事を目にして、連絡無しに存外早く帰って来やがったクロスの反応は、決して「美味しそう」でも「ありがとう」でもなかった。テーブルにつくと
「ゼノンと俺の大好きな、トマトとタマネギたっぷりのパスタと、ソースを継ぎ足す為に使用した所為でトマトが入っていないサラダです」
家主が無表情に、必要以上に無表情に言った。
「そして同時に俺の大ッ嫌いなトマトだな」
「いただきます」
窓ガラスは結界だ。
部屋の中の不機嫌に森の生き物達が驚かない様、窓ガラスは苦労している。