掠れた声からしたたる甘露

「なぁ」

 機械に管理された柔らかな空気を震わせる小さな声。肩を少し過ぎた長さの銀髪を掻き上げながら、くすんだ蒼色の瞳を細める。

「カミサマを信じる?」

 そう続けながら髪を摘んで、くるりと指に巻き付けてみる。

「シーナ」

 そう呼ばれて、髪を弄ぶのを止める。

「俺は、信じられるヤツの事しか信じない」

 答えを聞き入れて、シーナと呼ばれた少年を抜けきったばかりという様な容姿の、青年は笑った。青年は年齢や身体能力ではまだ少年だったかも知れないけれど、少年と呼ぶにはスレていたし、何処か子ども染みた刹那主義が垣間見えていて、それが彼を大人の様に見せていた。

「じゃぁ、誰も信じてないんだ」

 シーナは楽しそうに微笑みながら、隣に座る男性にその笑みを向け、見せ付けそう言った。質問の様な姿をしている言葉だったけれど、それは確認や独り言もしくは本当の事を言っただけ、そんな性格をしていたから、それを見抜いた男性は黙った。プルを開け、中身を飲んで、安っぽい酒の匂いがする息を吐いた。シーナがクスクス笑った。

 聞いてくれる?

 カミサマの存在を信じるかって訊いたのに、そう答えたのがとてもアナタらしくって。それが予想通りだったから、とっても嬉しかった。あぁやっぱり、この人はこんな人なんだって。判って。嬉しかった。

 明かりの点いていない部屋。

 星空に晒された鋭利な空気に身体を投げ出して、シーナは囁く。綺羅星に照らされた白いシーツとその上に散りばめられた銀髪が、そして何よりその肌が、糠星を喰らった様に輝いていた。

 シャワールームから出てきた男性は、濡れた短い黒髪を乱暴に拭きながらその言葉を聞いた。そっと耳を傾けて、ビロードの様に繊細で弱い言葉に手を差し伸ばした。シーナの言葉が水溜まりみたいに暗い床に溜まっている。それに足を掬われない様に(もしかしたら、巣喰われない様に)言葉達を見張りながら、シーナを気配で見下ろした。

 シーナはそんな男性の反応が、やっぱり予想通りで満足でクスクス笑った。何処かくすぐったい。腹の中がムズムズする。シーナは身を少し捩って笑った。

 男性はそんなシーナを見下ろしながら、

「シーナ。きっとお前は俺の事なんて解ってない」

 ……。
 …………?

 シーナは目を一瞬だけ目を見開いて、それが元に戻る瞬間だけ笑って、無表情になった。

「うん。知ってる」

 そして、また笑顔になった。予想通りだったから。

 泣くなよ。と、男性は言って、シーナは驚いて、意地を張って逆らって泣いてやった。
 悪戯っぽく笑って、無知の事実を本人の手によって残酷に突き付けられた事を、その事に笑顔で、その事を笑顔で肯定した自分を哀れんだ。
「なぁ。こんなに人を知りたいと思ったのは初めてだったよ」
 シーナがそう呟くと、今度は男性が笑った。意地の悪い笑み微笑だった。
「オレは、カミサマを信じるよ」

 絶対である存在を神と呼ぶのなら、オレのカミサマはきっとアナタだ。人の言葉がこんなにも痛手なのは、初めてだから。

 男性は驚いた風に目を丸くした。しかしすぐに破顔する。

「安易に人を信じると、痛い目に遭う」

 カミサマはそう忠告をして、敬虔なる信者の額に口付けた。


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06.06.11 08.05.22修正