秘密といっしょに深く抱いて その後

 盗賊のお頭が、誕生日には戦いにくい格好をして、のんびりと紅茶を飲んでいる。
 しかもそのお頭は、何と1人で組全体の3分の1の戦力だ。

 そんな事があったらとんでもない事だけれど、実際にあるのだから仕方ない。それに、今まで何も無かったから、きっとこれからも何も無いに違いない。

 ……そんな風にのんびりした昼下がり、銀色の綺麗な髪を持つ女性が紅茶を飲んでいた。冴え冴えとした美しい顔立ちの女性だ。長い銀髪と色素の薄い肌、どこまでも透き通るような青い瞳がよく似合っている。
 ふぅ、っと彼女はため息をついた。ため息は幸せを逃がすと言うが、ため息自体が幸せでできているかのような柔らかさだった。テーブルにカップを置く。その横に花束。濃淡や大小の違うピンク色が可愛らしくキチンと収まっていて、付属のメッセージカードは
「ママ 誕生日おめでとう」
 と彼女に微笑みかけているのだ。それを見つめる彼女の表情はもちろん柔和で優しく、花が綻び咲き誇った瞬間のように明るい。差出人は「愛娘テルルと、その父親」になっている。「その父親」が引っかかるが、花屋が付き添いの彼を間違えただけだろう。単純なミスだ。

 ドレープ性を活かした白いワンピース。滑らかな生地は芸術品のようなひだを作り、彼女の脚を飾る額になる。その裾は風に──まるで揺りかごにそうするように──遠慮がちにそっと揺らされていた。

 ポットから2杯目を注いで、すぐには飲まない。彼女は肘をつき、両の指を組み、その人差し指に顎を預けた格好で停止している。

 テルルは、毎年違った物を彼女に贈る。絵だったり、肩たたきだったり、紅茶とクッキーとキスだったり、今年のように花とハグだったり。
 しかし「その父親」は毎年決まっていて、何かしら彼手製のものだ。無骨で体も大きい彼。でも、いい先生に就いたお陰で手先が器用なのだ。去年はブローチだった。

 もしかしたら、とっても似合わないけれど彼が摘んでくれた花なのだろうかとも思ったけれど、リボンと一緒にチェーンが巻き付いていて、それにはピンク色の宝石のような物があしらわれている。アクセサリーか、それに似た物でラッピングをするのが近くの国で流行っているのだ。そこで購入したのだろう。

 ため息をつく。今度は幸せを逃がす性質のため息だ。
 ワンピースの袖は、小手の辺りから百合の花弁のように広がっている。裾のレースは透かしの割合が繊細で、女性の手に儚い光を与えていた。それは人に気品を印象づけるもの。しかし今回はその儚さだけが強調されて、彼女の物憂げな表情を色濃くするばかりだ。

 少し前に、彼が娘にブレスレットをあげていた事を思い出す。この近くでは手に入らない石だったし、そういう珍しい物だから、きっと彼が嬉々として磨いたに違いない。それを彩る銀細工は彼の手作りだった。
 彼の愛も冷めてきたかな、なんて考える。比べる相手が娘というのも、寂しい話だけれど。

「さて、君も水が欲しかろう」
 と、花束に話しかける。花屋の工夫で彼らは花束になっても水を与えられているのだけれど、そんな事は関係ない。今、もの凄く立ち上がりたい気分だ。
 リボンで結ばれた辺りを右手で持ち、左手を添える。胸の辺りまで持ち上げると、ふわりといい匂いがした。座ったままで、しばらくその香りを追っていた。力の抜けるような甘い匂い。もう少ししっかりと持つために、右手の指を動かす。

 カシャン

 花の香りのせいで、リボンにしがみつく力が抜けてしまったのかもしれない。例の飾りが落ちてしまった。彼女は一度花束をテーブルに戻すと、その飾りを手に取った。ちょうどネックレスの長さで、広げてみると確かにネックレスだった。ちゃんと留めるように金具もついている。装飾品だと分かると、とたんに興味が湧くのが盗賊の(そして女の)性だ。

 この宝石(の、ようなもの)は知識に無い。女の子が好きそうな、ありふれたピンク色の輝きをしている。触ってみる。少なくとも、女の子が買いそうな安いイミテーションの類でない。
「?」
 チェーンがサラサラと、品のある涼しい音を立てている。

 気づくと、ほとんど全部の誤解が解けた。ちょうどそこにテルルが現れる。幸せの具現みたいな表情をして、誕生日のお祝いを言う。
「ありがと、テルル」
 しかし今日だけで何度聞いた事か。彼女は母親の顔で苦笑して、テルルにそのネックレスを渡した。聞き耳を立てる人なんていない。でもコソコソと2人で内緒話をする。テルルは心得たと頷いて、はしゃいだ仕草で母親の後ろに回った。

 胸部分にあしらわれたレース、それを台座にして輝くネックレス。その姿を想像してみると、初めてアクセサリーをプレゼントされた時みたいに何だかくすぐったい。小さい指は不器用で、実現するのはずっと先の事になりそうだけれど。


indexファンタジー→秘密と一緒に深く抱いて その後
07.10.30