「ラテ、正直俺は関わりたくない。政争なんざ面倒だ」
「もう関わってるじゃない。兄さん。もう、関わってる」
「お前が日本人を拾ってきた時に、元の所に捨ててきなさいともっと強く言うべきだったな」
「兄さん! リスでもないんだからそんな」
「知っているか、ラテ。コイツのお里はな、世界で2番目に洗脳が行き届いた国だ」
「……知ってる」
声が、遠くから聞こえるみたいだ。
「君主は神で、世界で国の旗が見えない所は無いと信じているんだぞ」
「それは……知りませんでした」
「貧しい民を鬼扱いして、妖怪は見えない物だと徹底的に無視する民族だ」
「……」
頭がぼぉっとする。何よりも、与えられた情報のせいだろう。
「お前だって、身なりが日本貴族でないから、鬼だと騒がれてお仕舞いだ」
「でも……、その人はそう教えられただけじゃない! 私だって、他の民族から見たら精霊を信じてる変な人なんでしょ?」
まるで頭が混乱して、痙攣している様だ。
「宗教の問題ではすまない。捨てて来なさい」
頭が処理を投げ出した情報が、行き場を失って涙になった。
「何でも、この赤毛の日本人は政争に利用されて国を追いやられたそうじゃないか」
「その、その情報が間違っ」
「いつから唯一の肉親も信じられない馬鹿になったんだ?」
言葉が、見つからない。
「……両親が殺されたなんて、可哀想じゃないの……?」
「……可哀想かどうかは、本人が決める事だ。その赤毛に訊いてみろ」
日本人はすぐ泣くから嫌いだ、と『らて』の兄らしき男が言った。何時の間に起きたのと『らて』が言った。
眠りから目覚めてきた感覚達が、『らて』がたじろいたのを感じた。
身体の痛みを無視し、ゆっくり起き上がり──見渡しても御国の旗は無かった。
代わりに2匹の鬼が居た。2匹とも身体の形こそ人間だが、衣服が違い、何より老婆でもないのに白髪だ。
旗が無い等、鬼の申していた事は事実だったのか。
「意外と騒がないな」
雄に見える方の声が聞こえる。泣いている私をじぃっと見詰めてくる。
「……鬼の見てよい御身ではないわ」
「自敬表現なんて久しぶりに聞いた……」
雄が呆然とする。私は馬鹿にされているのか?
「貴方は、可哀想なの?」
雌、恐らくは『らて』がそう申した。
何を、戯けを尽くしておるのか。やはり鬼には知能が欠けておる様だ。
この親が亡くなり侍り給ぶのも、私がこの様な鬼の住みかに侍るのも、全ては君の御望み候う事。
なのに、どうしてだろうか、涙が止まらないのは。幼い頃から涙の調節等の訓練は積んで……
っ!?
狂ったのか、『らて』が私を抱き締めた。泣いているから何ぞとほざく。
「何と、鬼も人の真似をするとな?」
何という皮肉か。
「笑え。私仁宮の
私1人が笑う。
「鬼なんて」
その『らて』の声に、笑いが止まった。
「私達の世界にはいないのにね」
『らて』が、非道く人間染みた表情をした。その表情に表れているのは、悲しさか────憐れみだ。
この者達は、鬼と蔑まれた事等無いと申すのか。
鬼はいないのか?
鬼ではない、のか?
私が戸惑って居ると、『らて』が私の髪を撫でた。
「大丈夫」
そう、『らて』は言った。何が大丈夫と言うのだ。
「大丈夫」
『らて』は馬鹿の1つ覚えの様に繰り返す。
しかしそれは…………非道く私の心に染み入った。
ずっと、こうされたかったのだ。