残りわずか

「秋晴れですねぇ」
 ママがのんびり言いました。お空を見ます。とってもキラキラで、ぼくはねむねむです。
「こんな日は、散歩にでも行きたいですねぇ」
 ママがのんびり言いました。
「たーくんも行きたいよね?」
 ママがのんびりききます。ぼく、ねむねむですからいいです。あくび出そう。あぁーキュ!
「たーくんお昼寝ですか」
 そうです。ママ、おひざ。
「甘えたんだなぁ」
 なでなですき。

 むむ? 足音!

 ちらっと見ると、ゆぅちん!
 わぁい! ゆぅちんおかえりぃだっこしてだっこだっこ!

 ぼくゆぅちんにむかってダッシュ。ゆぅちんぼくにむかってダッシュ。……とおもったらゆぅちんママにダッシュ。ぼく、とおりすぎちゃった。ぽつーん。

 ゆぅちんひどいよぉ。ターンしてダッシュしてすりすり。……あれ?
「……」
 ……ゆぅちん? ゲンキないよ。

「ママぁ」
 ゆぅちん、ママにギュゥってしました。いっしょうけんめいでした。ママがゆぅちんをなでなでしました。ゆぅちんもなでなですきです。ゆぅちんはママの耳にちっこい口を近づけて、なにか小さい声で言いました。

 ぼくは耳がいいから、しっかりきこえました。

 ぼくは走りました。

 ママのお庭からへいの上。のっぽの木の横をすぎるとお池がある家そしてとなりはにぃにの家。車がたくさんあるところ、高いへい、車びゅんびゅんの道のところのお花いっぱいのゲンカンのむこうは……

 むこうは……。

 ………………、

 ……。

 風がすぎていきます。車がとおるから。びゅうびゅう。

 いっぱいなでなでされます。たくさんの人がとおるから。家にかえるの、みんなみんな。

 ぼくいがいのみんなみんな。

 さびしいね。ぼくひとりだもの。
 車びゅうびゅうのむこうがわ、ぼくまだ行ったことないんだよ。だってにぃにが、行ったらまいごになって、もうかえってこれないよって言ったんだもん。こわいよ。だって、むこうがわまで、ちょっとしかないんだよ?

 そのちょっとで、もうかえってこれないんだよ?

 ママにもゆぅちんにも、にぃににも、母しゃんにもあえなくなるの。
 ぼくみんなのこといっぱい好きなのに、ちょっとであえなくなっちゃうの。

 ぼくこわいよ。なのにぼくの前をとおる人は、みんなどっかにかえっちゃうの。ぼくがかえれなくなっても、みんなはかえれるのずるい。

 ぼくの方がぜったいもっと大好きだよ。
 なのにみんなはむこうからこっちにくるの。そしてどっかにかえちゃうの。

 ずるいよ。

 ぼくさむい。もうすぐお日さまばいばいだから。
 まんまるになって目をつむるの。少しくらくなって、ちょっとおちつく。ふにふに。

 そしたら、ふにふににおいが、風といっしょにやってきたの。むこうがわからじゃなくて、お家のある方から。
 ぼくはそれに気づいてびっくりして隠れようと思っておきたけど、先に声かけられちゃった!

「こんな所で何をしているの?」

 ふりかえると母しゃん!

 母しゃんはぼくに近づいて、すりすりしてくれた。
「遅くなる前に帰らないと。寒いでしょ?」
 みんなシンパイするよって母しゃんは言いました。母しゃんはいっしょにかえろうとさそいました。でもぼく、何だか行きたくないよ……。

 母しゃんはぼくがついてこないからふりかえりました。
「どうしたの?」
 と言いました。
 ぼくはダッシュしました。ゆぅちんみたいにダッシュしました。でも、ゆぅちんみたいじゃないの。

 ダッシュして、母しゃんに追いついて、母しゃんのおなかにすりすり。ふにふに。
「甘えたさんねぇ」
 と母しゃんは笑いました。
 ぼくはごめんなさいを言いました。母しゃんは「何?」とききました。でもぼくは分からないからもう1回ごめんなさいを言いました。

 母しゃんがかえる後ろを、ついていきました。母しゃんのお家についたら
「ずいぶん探したんだから」
 と母しゃんは言いました。ゆっくりねそべった母しゃんに、ぼくはまたごめんなさいしました。わるい子でごめんなさいって言いました。いっぱいなきました。
「どうしたの? 今日、何だか変」
 母しゃんがぼくの方をむいて言ったの。

 ぼくはゆっくり歩いて母しゃんのところに行って、またおなかにすりすりして甘えました。
 そしてゆぅちんみたいに母しゃんにおかお近づけて、ゆぅちんが言っていたことはホントなのかききました。

 母しゃんは母しゃんがいつもするみたいに笑って
「だから変な子だったのね」
 と言いました。ぼくはポカーンです。
「悪いことじゃないのよ。あなたは悪くないのよ。だからね、悪い子だなんて思わなくていいの。母さんは、あなたのこと、そんなことで嫌いにならないわ」
 母しゃんがぼくの体をぺろぺろしてくれました。ぼくはふにふにうれしくて、母しゃんにごろんっておなか見せて甘えたん。

「あなたが産まれてきてくれて、母さんすごく嬉しかったわ。だからちっとも痛くなかったの」

 だって母しゃんがそう言ってくれたから。

「母しゃん、ぼくがまいごになったらたすけてくれる?」

 ぼくは母しゃんにききました。

「母さんはね、あなたがどこにいても見つけれるのよ」

 ぼくがもっと赤ちゃんだった時にしてくれたみたいに、母しゃんがねむねむのまくらになってくれました。

「何でか、あなたもすぐ分かる。大人になるからね」
 だから、今のうちにいっぱい母しゃんに甘えなさいと、母しゃんは言いました。
 いつもみたいに、母しゃんは笑っています。


index現代物→残りわずか
06.07.28