日記帳

「ただいまー」
 おぉ。ゆうちんのご帰宅です。
「たーくん。ただいま」
 ゆうちんは、げた箱の上の僕を見付けてにっこり笑顔。そして顔を近付けてきます。
 ぺろ。
 鼻の頭を舐めてごあいさつ。ゆうちん、だっこして。
「甘えてもダメぇ。だっこしたら制服に毛が付くでしょ」
 ……そんなの取ればいいじゃない。

 ゆうちん、昔はそんな事気にしなかったのに。最近はどんどん身長も伸びて、僕は寂しいです。一緒に子どもだったのに、僕はもう大人で、ゆうちんはまだまだ成長途中。僕だけ成長がストップしたみたいじゃないですか。

 ゆうちんの後を付いていきます。リビングにはママがいます。ママは
「おかえり」
 と言いました。ゆうちんは
「ただいま」
 と返して、冷蔵庫からペットボトルを取り出してごくごく飲みました。シュワシュワする変な味の水で、こーらーという名前だそうですが、僕は嫌いです。
 だって、あんなに濃い色の水、明らかに汚いじゃないですか。泥水よりも濃い色をしていますよ。兄ちゃんだって
「歯が溶けるよ」
 と言っていました。危ないのですよ? ゆうちん。
「ぷはぁ!」
 だから、そんなに美味しそうに飲まないで下さいな。

 ゆうちん、お着替え完了。リビングのソファに座ります。僕はその膝に座ります。やっぱ寝ます。ごろん。

「そういえばね、昔私が小1くらいの時にさぁ、たーくんが私のあゆみに足跡付けたよね」
「あゆみって何さ?」
 ママが聞き返します。ゆうちんは
「連絡帳だよ。時間割と日記書くヤツ」
 と言いました。ああ、あの青いノートですね。思い出しました。あの頃はゆうちん、ちっちゃかったですねぇ。僕はもうその頃には大人になっていましたが。
「あれの上を、たーくんが汚れた足で歩いて、茶色のスタンプが付いちゃったの。仕方ないから横にやじるし付けて『ペットのたーくんがあるきました』って書いたんだから」
 ゆうちんは僕の頭を撫でながらお話ししました。そして僕の肉球をぷにぷにして、汚れていないかチェックしました。しかし子どもの頃ならまだしも、大人になってからそんな事する訳無いじゃないですか。
「そんな事あったっけなぁ……」
 無いと思いますよ。
「ママ、年じゃない?」
「失礼な。まだ若いよ」
「若い人は自分若いなんて言わないよ」
 ママは確かに年を取りました。傍にいつもいる僕が言うのですから間違いありません。
 僕も大人になる筈です。ゆうちんも成長する筈です。
 しかし、大人になっていた僕がそんな事するとは思えませんね。

「そこまで言うなら、しばし待たれい」
 ママは部屋に戻って青いノートを持ってくると、
「まだ持ってるの!?」
 とゆうちんが驚いている横で、それをぺらぺらめくりました。
「あった」
 とママは小さく叫んで、ゆうちんはそのページを覗きこみました。僕も覗きこみました。僕はびっくりしました。

 ゆうちんも僕も、やっぱり成長しているのですねぇ。幼かった時の証拠が、こんな風に残っているなんて。

 そこには僕の足跡と、ちょっと汚い字がありました。


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06.07.03