兄ちゃんがいない夜が、何回かすぎました。僕は兄ちゃんのあぐらに乗れないからさみしいです。
兄ちゃんはいい匂いがします。僕は兄ちゃんの匂いが好きなので、兄ちゃんのへやに行きました。ドアをカリカリします。中から、兄ちゃんのおよめさんのお姉ちゃんが開けてくれました。お姉ちゃんが僕のはなのところに、ゆびを持ってきました。クンクン。お姉ちゃんもいい匂いです。ゆびをペロペロしました。毎日おかしを作っているから、お姉ちゃんの匂いはおかしの匂いです。でもおかし僕にはあまりくれません。イジワル。お姉ちゃんは兄ちゃんのコートを持っていました。そしてへやから出て行きました。きっと兄ちゃんのところに行くんです。僕もつれて行ってほしかったけど、姉ちゃんはダメって言いました。やっぱりイジワル。お姉ちゃんキライになってやる。
その夜、兄ちゃんは帰ってきました。
僕はさむいから、みんながいるへやにいました。床がぬくぬくするの。これ好き。
そしたら「もうすぐだ」って言って、ママがクツバコのトコに行ったから、何だろうと思ってついて行きました。ゆうちんもついてきたかったみたいだけど、ママが「ここにいなさい。寒いから」って言ってとめました。ちべたいろうか歩いてとうちゃく。クツバコの上にジャンプしてもよかったけど、さむいからママにだっこしてもらいました。だっこだっこ。ママにだっこしてもらうと気持ちいいです。おむねがやわらかいから。ママのが1番好きです。
ママはさむいのにお外に行きます。さむいから、僕はママからおりてお家の中に入ろうと思ったけど、やめました。兄ちゃんの匂いがしたから。きょろきょろします。いません。ママのおむねに手をおいて、ぐぅっとせのびしました。ママのかたの向こう……兄ちゃん発見!!
「何でそんなところに隠れてる?」
ママが言いました。なんでって、かくれんぼでしょ?
「いや、隠れてる訳じゃない。……急に開いたからビックリして」
なーんだ。兄ちゃんはドアのかげから出てきます。
お姉ちゃんもいます。それを見て僕はジャンプして地面にちゃくち。お姉ちゃんに近づきました。お姉ちゃんキライだからシャァって言ってやるんだ。とぉってもこわい顔してこわがらせてやる!
……およ?
見ると手が僕をだっこしています。宙にぶらぶらしてる僕の足だらーん。だっこされてます。兄ちゃんです。お姉ちゃんにシャァって言うんだからじゃましないでよぉ!!
バタバタしてたら兄ちゃん、
「忘れられちゃったかな?」
って言いながら、僕をお姉ちゃんにわたしました。忘れてないもん! しつれいな……。
お姉ちゃんにだっこされます。おなかお姉ちゃんに見えてる。目! 今目が合った!! けんかしたいのかこらぁ!!
「コラ、たーくん。シャァって言ったらダメ」
なんで僕が怒られるのさぁ? 兄ちゃんは僕よりお姉ちゃんの方が好きなんだ。きっとそうだ。
兄ちゃんの方見ます。兄ちゃんのかみはゆらゆらおもしろいです。いつもはくくってるんだけど、今日はくくってないです。ちょっとおもしろさダウンしてます。お月さまの光でキラキラしてるかみの毛がふあふあ、おむねのあたりでゆらゆら。
……およよ?
兄ちゃん、変だ。変だよ!!
僕がいっぱい叫んでると、「寒いから……」とママがみんなを中にさそいます。ママは気づかないの?
みんな入って、兄ちゃんが最後に入りました。ちょっと元気ないのも、変です。兄ちゃんの足に近づいて、すりすりしてだっこしてもらいました。
「たーくんは甘えんぼだね」
って言ってゆっくり笑います。
「ゆうちゃん、ただいま」
「おかえり」
ママは、出かけてたんじゃないけどそう言いました。変。ママも変。もしかしたら、ゆうちゃんと僕いがい全員にせものかもしれません。みんな、他のみんなは、僕の知らないだれかがあやつってるんだと思います。……そうにちがいないよ。
ゆうちんはママを見てうれしそうにしました。1番前のママがドアのところで立っているので、僕からゆうちんは見えないけど、きっとそうだと思いました。ママが進まないから、僕はゆうちんのところに行けません。だから兄ちゃんのだっこからぬけ出して、ゆうちんのところに歩いて行きます。床がちべたい。
僕がゆうちんの右手のとなりに寝そべると、ママがやっと動きました。今まで動かなかったのは、あやつってる人がサボってたからなんだよって、僕はゆうちんにこっそり教えてあげました。でも、ゆうちんは聞いてくれませんでした。
ゆうちんは、兄ちゃんを見ていました。「おかえりなさい」の「おか」まで言ったのに最後まで言わないで、ボーとしていました。ゆうちんもふしぎです。もしかしたら、ママたちをあやつっている人が、ゆうちんにまで手を出したのかもしれません。
助けないと!
僕はそう思って、立ち上がって、ゆうちんの周りをぐるぐるすることにしました。あやしい人がいないか見るためです。ゆうちんの右から、後ろに回ります。僕の右側にはお庭があります。変な人の音はしません。僕は安心して、ゆうちんの左手にすりすりしました。まん前に兄ちゃんが見えます。兄ちゃんは、僕の方を見てました。それがなんだか落ち着かないので、ゆうちんのおひざに乗ろうと思って、ゆうちんのお顔を見上げました。
…………。およ?
泣いてる!!
ゆうちん泣いてる!?
ゆうちんが言います。兄ちゃんが、「なに?」とお返事しました。しゃべった時に、口がぐしゃりと曲がって、そのまんまになった顔で、兄ちゃんはまばたきを1回しました。ずっとドアのところにいたけど、歩いてきて、ゆうちんの前にすわりました。顔は戻ってました。
「まなみちゃん、ケガしたの?」
兄ちゃんは考えてる時の声を出しました。あやつっている人は、兄ちゃんになんて言わせたらいいのか、とても困っているんだと思います。だからとても時間がかかりました。僕は変な人がいないか、兄ちゃんの向こう側に注意しましたが、お姉ちゃんがいるだけでした。
兄ちゃんは下を見て、上を見て、ちょっと遠くのソファにいるママを見て、もう1回上を見て、ちょっとため息をしました。あやつっている人はパニックだと思います。
「あのね、怪我じゃないから、安心して」
「じゃぁ何で?」
ゆうちんはそう言って、いっしょうけんめい泣き止みました。ゆうちんはとても強い子です。
「何でまなみちゃん、おっぱいないの?」
兄ちゃんの方を見ました。兄ちゃんは、いつもの兄ちゃんじゃない顔でした。
……あやつられてるから。
ゆうちんは兄ちゃんを見ていました。兄ちゃんをあやつっている人はまたパニックになって、ため息をして、ゆうちんをまっすぐ見るように、兄ちゃんに命令しました。
「ゆうちゃん、大切な話があるから、聞いてくれるよね」
兄ちゃんはそう言いました。いつもの兄ちゃんの優しい声です。ゆうちんはいっぱいコクコクしました。
兄ちゃんが、右手で頭をおさえました。頭が痛いのかもしれません。1回僕を見て、でもゆうちゃんを見ました。
「僕が赤ちゃんの時、体を間違えただけで、本当は……お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんなんだよ」
ゆうちんはクリクリの目をもっと大きくしてビックリしました。僕は、にぃにが教えてくれたから知ってた。でも、それよりも、兄ちゃんのかみが兄ちゃんが話す時、前にゆれます。僕はそれが気になって気になって大変です。あやしい人、見つけなくちゃいけないのに。これはきっとわなです。みんなを元に戻さないといけないのに、わなです。
「まなみちゃん、男の子なの?」
兄ちゃんがうなづいたので、ゆらゆらゆら。
「おっぱいあるの嫌だったんだ。だから、取ったの」
僕はそれにむちゅうで──!?
僕の耳が音をキャッチしました!
ゆうちんが泣いた!!
なんで? また泣くの? なんでそんなに大声で泣くの!?
僕がおろおろしていると、ゆうちんが泣きながらしゃべり出しました。泣いているので、よく聞こえません。
「まなみちゃん」「なんで」「バカ!!」「キライ」「まなみちゃん」「まなみちゃん!」
でも、兄ちゃんが、とても困っているのは分かりました。
ゆうちんはいっぱい泣いて、立ち上がりました。ビックリです。いきなりだったから。
「まなみちゃんの体好きだったのに! かってにとっちゃうなんて、まなみちゃんバカ。大っキライ!」
叫んだので、もっとビックリして、耳がキンってなっちゃって、僕は後ずさりしました。ゆうちんはそんな僕を見下ろして、また目になみだをいっぱいつけて、「ままぁー」って言いながらママのところに、走って行ってしまいました。
兄ちゃんは、ポカーンってそれを見てました。僕はゆうちんを見れませんでした。きっと、ゆうちんを泣かしたのは僕だから。ママが、ゆうちんによしよししている声が聞こえます。
僕はさみしくなったので、ごろんして丸くなりました。すると兄ちゃんが僕に手をのばして、2回なでて、僕をだっこしました。
「今日は、もう寝るよ。お休み」
そうゆうちんたちの方向につぶやいて、ドアから出ました。そこにはまだお姉ちゃんがいました。お姉ちゃんはうつむいてました。兄ちゃんはお姉ちゃんの前を通りすぎて、兄ちゃんのおへやに入りました。兄ちゃんはベッドに近づいて、僕はベッドになげられました。
しまった! わなだ!
兄ちゃんたちをあやつっている人が、僕をやっつけようとしているんだ!
僕はシャァってしようとしました。でも、兄ちゃんはベッドに乗っかって、寝てしまいました。えぇ!? しかも僕は兄ちゃんにつかまってしまいました。逃げるヒマもなかったです。だっこされてます。なでなでされます。ゴロロロロ。
「たーくん、機嫌直してくれた? 僕が帰ってきた時からご機嫌斜めだったけど」
直ってないもん。直ってな……ゴロロロロ。兄ちゃんは、僕がゴロゴロ言っているから調子に乗ってると思います。でも、兄ちゃんがちょっと笑ってくれてるからゆるしたげる。
お姉ちゃんが、紅茶を持ってやってきました。いい匂いがします。
ベッドのとなりのテーブルに、おいた音がしました。兄ちゃんがそれをのもうとして起きあがります。そのスキに起きます。ついでに毛づくろいもします。作戦を作る時は、毛づくろいするといいよってにぃにが言ってました。
兄ちゃんは紅茶をのみます。僕から見ると、のどが丸見えです。やっつけるなら今です。ゆだんしたな!
ていや!
僕はのどに向かってジャンプして、手をのばしました。でも、僕が手をのばした時兄ちゃんは気づいていて、僕を見ていました。僕は兄ちゃんの反応にビックリして、のどに向かうはずだったのに、失敗してしましました。
「髪が揺れたからかな? 遊びたいんだ?」
って兄ちゃんが言って、僕をだっこしました。ちーがーうーのーッ!
お姉ちゃんがお兄ちゃんのとなりにすわります。ベッドがゆれました。
「たーくんは、ゆうちゃんの敵討ちしたいんだ?」
兄ちゃんが、僕を顔の前まで持ち上げて言いました。お腹も足もだらーんってなってる僕は、きっとたよりないです。お姉ちゃんが、兄ちゃんに何か言いました。兄ちゃんの目がくしゃりとゆがみました。兄ちゃんのまゆげを見ていた僕には、それがよく分かりました。兄ちゃんのまゆげを見ながら考えますが、カタキウチ、したいのかよく分からない。だから、だまっていることにします。そしたら、兄ちゃんは、僕を持ち上げるのをやめて、ふつうにだっこしました。
「ゆうちゃんはとても大切な家族なのに、何も言わなかったから、ゆうちゃんを除け者にしたから、あの子は怒ったんだよ」
だから、たーくんはカタキウチしなきゃ。そう兄ちゃんはつぶやきました。
お姉ちゃんが何か言ってる、ダメ、とか、マナミ、とか、小さい声。ふるえてた。よく分からない。カタキウチしたいのかも、よく分からないよ。僕は、みんなをあやつってる人をやっつけたいの。そうしたら、兄ちゃんも元気な兄ちゃんに戻ってくれるんでしょう?
「ゆうちゃんに、ごめんね。って伝えてきて。ゆうちゃんは大切な人だよって」
兄ちゃんの腕が、かたりとふるえました。お姉ちゃんが兄ちゃんをだきしめました。兄ちゃんはそれをどけました。そして僕が逃げないように強くだっこして、ドアのところに行きました。ドアを開けて、僕をちべたいろうかにおろします。
「頼んだよ。お休み」
ドアが、閉まりました。