首すじにキス

 げんかんの横のたたみのへやが僕のお気に入りです。まどから外が見えて、たたみが気持ちいいからです。
 あ、ママが帰ってきた! こうやってすぐに分かるの。すごいでしょ。
未南[マナミ]、それどうしたの?」
 ママの声が聞こえてきました。
「100均に売ってたから」
 兄ちゃんの声だ! 兄ちゃんもいるんだね。見えないよー。僕は起きあがってみました。でも見えないの。まどの近くまで行こうかなーと思ってたら、ガチャって音がしました。ドアが開くんだ! ダッシュダッシュ!
 ドアが開いて、ママがいました。後ろに兄ちゃんもちゃんといました。おかえりなさい。
「ただいま。たーくん、また和室にいたの?」
 そうです。
「和室が最近のお気に入りなの?」
 兄ちゃんが聞いてきました。そうなんですよ、兄ちゃん。兄ちゃんはお出かけしてばっかりで、僕とあまり遊んでくれないから知らないんだ。
「知らないのー? ダメね」
 ママの言うとおり!
「兜の横に座ってるたーくん可愛いんだから」
「そうして褒めてるから和室が気に入ったんじゃないの?」
 かってなこと言ってくれますね。僕だって怒っちゃうんだから。

 ん? 兄ちゃん何を持ってるの?
 ねぇねぇ、見せてよ。兄ちゃんの足をトントンたたいて、にゃーって言います。こうすると兄ちゃんもかまってくれるんです。
「お、たーくんが気づいたようですねー」
「気づきましたねー。たーくん、こっちおいで」
 兄ちゃんがくつをぬいで、たたみのへやに行きました。かばんから、少しだけヒラヒラが見えています。ついていきます。兄ちゃんなぁに? 早く見してよ。ママも来ました。ママも気になるよね? 
 兄ちゃんは僕を見て、かばんからヒラヒラを出しました。
「じゃーん。鯉のぼりです」
 すごい兄ちゃん! すごいヒラヒラ! ヒラヒラが3つもついてるよ!
「たーくん、これはね、男の子が元気に立派に育ちますようにってお願いをするものなんだよ」
 僕元気だよ!
 でね、リッパなネコになりたいの。
「たーくんにあげる。お魚だしね」
 やった! 兄ちゃんありがとう!
 ……でも、それお魚じゃないよ。だってニオイしないもん。人間はダメですね。兄ちゃん、これはお魚ではありません。
「未南、たーくん鳴いてるわよ。遊んであげたら?」
「りょーかーい」
 あ! ヒラヒラ動いた! まて! 僕がやっつけてやる!
 やっつけてリッパなネコになるの!
「今更だけど、バチ、当たらないかな?」
「猫は特例。私が許す」
「何様?」
「母様」
「母様強いなー」
「当前」
 えい! ヒラヒラつかまえた!
「たーくんスゴイ!」
 すごいでしょー、ママ。パンチして、カミカミだってしてやるんだ!
「ねぇ。……子どもっていつまで子どもなんだろう?」
 あ! にげた!
「……なに、急に。母さんらしいけど」
「……なんとなく思っただけ。油断したなぁたーくん。鯉のぼり逃げちゃったよ」
 いじわる。でも、またつかまえるもんね。

 ふぅ。やっとつかまえた。
 にげるの早いんだもん。つかれちゃったよ。
「お疲れさま」
 兄ちゃんが笑います。エモノとれてうれしいね。これだけカミカミしたからもう大丈夫。僕のエモノです。
「たーくん、イチにも鯉のぼり見せてあげようよ」
 お姉ちゃんですか? いいよぉ。
 でも僕つかれちゃんたの。
「抱っこしたげる」
 ならいいよ。つれてって下さい。

 兄ちゃんのへや、久しぶり。お姉ちゃんいるー?
「おかえりなさい。あ、たーくんだ!」
 お姉ちゃんいました。お姉ちゃんのイスにすわってます。あのイスおもしろいんだよ。ゆらゆらするの。兄ちゃん、僕お姉ちゃんのおひざがいい。おりるよ。
「あ! たーくん」
「お姉ちゃんのトコおいでー」
 行くー。お姉ちゃんおひざ。
「たーくん酷い」
「たーくんは私のお膝が好きなの。未南は最近たーくんを放って置いたから悪いのよ」
 そうだそうだ。
 あ、兄ちゃん。お姉ちゃんにエモノ見せてあげて下さい。
「さっきまで遊んでやってたのに薄情な」
「それで?」
「うん。鯉のぼり」
 僕がやっつけたの!
「それ、おまじないの道具なんでしょ? 悪いことが起こらない?」
 ちがうよ。リッパなネコになれるんだよ! すごいでしょ。
「お呪い……とは少し違うけど、猫は特例らしいよ。母さんが言ってた」
「お義母さんらしい」
 お姉ちゃんが笑います。お姉ちゃん、僕がエモノとってうれしい? お姉ちゃんの手をペロってしたら、なでなでしてくれました。ゴロゴロ。お姉ちゃんもっと。
「日本の猫は魚が好きだから、特例なの?」
 お姉ちゃん、それはお魚じゃないよ。もう、2人ともダメですね。
「さぁ?」
 兄ちゃんはそう言って、ベッドにすわりました。兄ちゃんのイスはゆらゆらしないからね。お姉ちゃんは僕をだっこしました。お姉ちゃんにつかまります。お姉ちゃん、兄ちゃんのところに行くの? お姉ちゃんは兄ちゃんが好きですね。となりにすわるの。
 僕はお姉ちゃんのおひざで丸くなります。ゴロゴロ。
「未南の分も買えばいいのに。男の子はみんな買ってもらうんでしょ?」
 お姉ちゃんが小さい声で言いました。
「もういいよ。もう大人だから。……鯉のぼりは、子どもの成長を願うものだから」
 兄ちゃん、それは、僕は子どもだってことですか?
 兄ちゃんはお姉ちゃんの頭をなでなでしてました。
「……子どものくせに」
 およ? お姉ちゃん、もしかして怒ってる?
「もう結婚もできる年なのに」
 お兄ちゃんが言いました。お姉ちゃんは兄ちゃんにもたれました。首のところスリスリします。お姉ちゃんに兄ちゃんのニオイついちゃうよ。お姉ちゃんは兄ちゃんだけのものじゃないのにぃ……。それと、兄ちゃん、お姉ちゃんだけじゃなくて僕もなでなでして下さい。さみしいよ。
「はいはい、たーくん」
 ゴロゴロゴロ。兄ちゃん好き。
 お姉ちゃんがクスクスって笑い出します。
「息、くすぐったい」
「ねぇ、早くプロポーズしてくれないと国に帰っちゃうんだから。……子どもじゃないんでしょ?」
 お姉ちゃん……帰るって、お姉ちゃんの家はここですよ。どこか行っちゃうの? イヤだよ!
「痛ッ。……噛むなよ」
 お姉ちゃんが僕をだっこします。ずっといっしょだよ。やくそくね。お姉ちゃんがなでてくれます。ゴロゴロ。
 お姉ちゃんは立ち上がりました。
「イチ」
 兄ちゃんがそう言ったので、お姉ちゃんはふりかえります。なぁに?
「帰るなんてできない癖に」
「バカ。たーくん連れて帰ることだってできるんだから」
「イチ」
「なに?」
「それは困る」
 兄ちゃん、しんけん。かりするみたい。僕も、兄ちゃんと会えないのイヤだよ。お姉ちゃんといっしょなのはいいけど……。
「待っててよ。もう少しで男になるから」
「……本当?」
「それに、急ぐことでもないだろう。僕が浮気すると思っているなら別だけど」
 お姉ちゃんが首をふるふるしました。かみの毛が動いてくすぐったいよ。
「未南、血、出てる。ほんの少し」
「誰のせい」
 兄ちゃんがそう言うと、お姉ちゃんはクスクス笑いました。それを見た兄ちゃんもクスクス笑って、ゆびで首をさわって、「ああ本当に出てる。少しだけど」って言いました。

 !?
 お姉ちゃんひどい! いきなり手をはなしたから、僕おっこちちゃったよ。もう。お姉ちゃん聞いてるの?
 ふりかえると、お姉ちゃん、体をかがめてまた兄ちゃんの首にスリスリしようとしてました。もう! お姉ちゃんは兄ちゃんだけのものじゃないんだからね。僕だって、お姉ちゃんとずっといっしょにいるんだから。兄ちゃんも! だから、兄ちゃん、お姉ちゃんがどっか行っちゃわないようにしてよ。
 兄ちゃんの足をトントンってしたら、兄ちゃんは「くすぐったいよ」って。ちゃんと分かってるの? 兄ちゃん、ちゃんとして下さいよ。ずっといっしょって、やくそくしたんだからね!


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09.04.19