まぶたにキス

 高校生のとき、進路を選ぶってときに、私、そのために動物を殺すというのに耐えられるかと不安で……。新薬の開発研究を生涯の仕事にしようと思うと、どうしても動物実験を避けては通れない訳じゃないですか。知れば知るほど、わざと病気にさせるであるとか、そういうのが……。ええ、そうです。人を救うには必要ですが、健康な動物を痛めつけなければならない……色々考えたんです。動物を食べるために殺すのは、自然の摂理だから仕方ないとして、医学のために、生きるためという点では同じですが、薬の研究のためというのは……はい、とにかく、そういうことを、夜とか……一日中思いを巡らせて。……そうですね、母も、家族はみんな心配してくれました。

 それで、とうとう夢を見たんです。あの、本当に都合のいい夢で恥ずかしいのですけど(笑)。そうですよね、夢なんてそんなもので。
 ……それがですね、その中では、私は研究の道には進まずに、他の人生を歩んでいるんですね。やっぱり、耐えられないって思って。その中では、私は40歳くらいで……ある日、突然誰かが倒れるんです。誰なのかは分かりません(笑)。夢なので。適当ですよね。でも、すごく慌ててて、悲しかったから、大切な人だったと思います。小さな子みたいに、「薬がない、薬がない」って。泣いて。

 そうしたら急に夢の設定が変わって、私は、研究者としてたくさん動物を殺してきたことになっている。さっき無いって叫んでいた薬は、私が開発してて、でも、今度は誰も倒れていないんですね。薬を必要としている人がいない。
 ……でも、私、そのときに、「ああ、これでいいんだ」って思ったんです。私の大切な人が必要としているからやるのではないって。今ここに、苦しんでいる人がいるからやるのではない。知らない人でも、その人が救われるなら、酷いことでもやる価値はあるというか……ちょっと違うんです、なんて言えばいいのか……同胞だから、知らない人でも、同じ人間だから……私は、動物より、同胞をとったんです。

 そのときは夢だから、変に思考が飛躍した結論で、起きても実感は無かったんですけど、朝起きて、母にそれを話して……はい、母は、本当に真剣に聞いてくれて……感謝してます。そのとき、母が「夢にも色々あるけど、それはきっと、ゆうちゃんの考えていたことが形になったのよ」って言ってくれたんです。
 思わず「そう言ってほしかった」って言ってしまいました。本当に、勝手に出てきました。自分はなんて利己的なんだろうって。……そうですね。はい。そりゃ、ショックでしたよー。同胞のためなら、動物を殺していいと思ってる。しかも、それを誰かに言ってもらわないと受け入れられない。もう、自分ダメすぎるんじゃないかって。でも、そういう、自分の利己的な部分に直面して、やっと、やっぱり夢は私の本心なんだって気づいたんです。ハッとして……。まるでまぶたに王子様のキスしてくれて、視界が急激に開けたような、目覚めたような……そんな感じでした。……そうです(笑)。ロマンティックは母親譲りです。優性遺伝です(笑)。

 ……変ですよね。本当は、猫の病気にショックを受けて、研究者になろうと思ったのに。その猫……たーくんって名前なんですけど、親友だったのに……。たーくんは、いつも私を励ましてくれたのに、私は何もできなかった。病気になっても、志したのは獣医じゃなかった。でも、私、猫も、犬も、動物は大抵好きなんですよ。……(笑)。そんなんじゃありません(笑)。利己的なだけです。……そうかもしれませんね。ありがとうございます。

 そう言えば、たーくん、毎朝私のことを起こしに来ていました。私が朝ご飯係だったので。目の辺りを、鼻でつんつん突いてきて。くすぐったくて、あのころは、起きたらいつも、たーくんがいて……。


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10.09.13